「うるしの駒や」と「駒本蒔絵工房」について

薮下 産地といえば、現在、福井県立大学の大学院で産業集積やクラスターの研究をしているのですが、駒本先生のお考えは、ポーター(マイケル・E・ポーター)教授のクラスター理論にも通じますね。互いに関連する企業と機関から成る地理的に近接した集団をクラスターと呼びますが、ポーターはクラスターが大きく3つの競争優位を生み出すとしています。

その1つがイノベーションにより生産性の成長を支えるという考えですが、イノベーションを生み出す源泉として、競争力のある地元の関連企業の存在や、競合企業間の競争を挙げています。それらは仲間でもあり、ライバルでもありますが、近接した集団が存在することで生み出される要素だと思いますので、やはり1人だけの成功者の下では成り立たないでしょう。多様性が豊かだった片山集落で漆器産業が発展したのも、移住者クラスターにより、活発なイノベーションが誘発されていたのかもしれませんね。

駒本 もう一つの原動力は、「蒔絵」「沈金」といった日本特有の漆の加飾文化を広く知って欲しいという思いです。漆塗りの文化は日本以外にも存在しますが、これだけ高度に発展した蒔絵などの漆の加飾文化は、中国や韓国にもない日本の伝統文化だと思います。機械にはできない独特の手仕事の良さを伝えていきたいですね。

小春 はい、私はその手仕事に強く惹かれました。小学生の頃から絵を描くのが好きで、伝統工芸にも興味があり、大学3年時の就職活動で自分のやりたい仕事は何かと考えた時、地元の越前漆器が真っ先に浮かびました。その時に紹介していただいたのが駒本先生です。

夏休みの3週間、駒本先生の指導の下、お椀に蒔絵を施したのですが、緻密で繊細な作業が楽しく夢中になりました。それだけでなく、漆という天然素材でこんなにも多様な表現ができることに驚き、その漆を使いこなす職人さんが古くからいる河和田という産地に魅力を感じました。また、蒔絵職人は年々減少し、現在、30代20代がいらっしゃらないことを知りました。地元で受け継がれてきたこの技術をなんとか学びたいと思い、駒本先生に弟子入りを志願しました。

薮下 私も以前から、酒造りをはじめ、「ものづくり」に興味があり、特に住まいの近隣に多い伝統工芸には、日本酒の酒蔵に勤めていた時代から公私ともに係わりがありました。そのような環境で、娘の小春が大学4年時から駒本先生の下に蒔絵を習いに行くようになり、先生とのご縁を頂きます。

もともと「金継ぎ」の存在は知っていましたが、愛宕坂茶道美術館で開催された「つくろいの美」展で、茶道の釜の底を漆と鉄紛を混ぜた「鉄漆(かなうるし)」で修理している展示を見て、漆の力に驚愕しました。その後、漆のことを調べるうちに、天然素材の塗料であり、接着剤でもある漆の力にも魅せられ、金継ぎの仕事を志すようになりました。先生としたら、「娘になぜか親父がくっついてきた」と感じていらっしゃるかもしれませんが、漆の魅力を広く知ってもらいたいという思いは先生と同じです。

知って頂くという意味では、展覧会や品評会も重要だと思います。駒本先生は瑞宝単光章や全国漆器展をはじめ、多くの受賞歴をお持ちですが、最も印象に残っている賞は何ですか?

駒本 越前漆器展覧会で最高賞の福井県知事賞です。それを2年連続(平成28、29年)で受賞できたのが嬉しかったですね。全国的な全国漆器展日本漆工協会理事長賞よりも、瑞宝単光章の叙勲よりも印象に残っています。良く知っている職人仲間がいる産地の中で、自分の技術が高く評価されたことが嬉しかったのかもしれません。

駒本長信「錦秋の嚮陽渓」 第56回全国漆器展日本漆工協会理事長賞(2021年)

薮下 駒本先生の賞とは比較になりませんが、この度初めて、越前漆器展覧会県会議長賞を受賞した感想は?

小春 漆の調合など、まだ全てを自分が行えたという訳ではないので、驕ってはいけないという気持ちと、産地の職人さんの中で受賞できた嬉しさが入り混じっています。先生から勧められて昨年から挑戦していますが、今年は出品することの意義を感じられるようになりました。受賞は今後の励みになります。

薮下 先生のもとで修行し、この度、「駒」の字を享け継いで「うるしの駒や」を創業いたしました。開業にあたり、最後に駒本先生からひと言頂けると嬉しいです。

駒本 駒の文字を継いでもらい、それが続いていくことに、こんな名誉なことはないと思っています。嬉しいです。蒔絵師としての駒本家は私の代で終わってしまうので、どこかで自分の仕事を享け継いで欲しいなという思いを抱いてきました。その長年の夢が叶ったような気がします。蒔絵の仕事は世間から見れば地味な仕事ですが、いつかは認められる日が来るだろうと、歯を食いしばって地味に長年やってきました。漆の美しさは、しっかりとした仕事をすれば、きっと人の心に響くものがあると思います。ぜひ頑張ってやっていって欲しいです。

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