FBCラジオにて福井県社会福祉協議会が提供するラジオ講座「いきいきライフ」は、毎週日曜日6:30という早朝から放送されている長寿番組です。11月は「伝統工芸の今とこれから」と題して、学び強化月間としています。
うるしの駒や代表の薮下が受け持つ放送回のテーマは、「脱サラ金継ぎおじさん、上野にアパートを借りる。〜クラスター内中小企業による新市場創出から学ぶ〜」です。福井県立大学大学院で書いた修士論文の内容をご紹介し、その結論に従い上野にアパートを借りたうるしの駒やの歩みをお話致します。
ちなみに「クラスター」とは、アメリカの有名な経営学者マイケル・ポーターが唱えた産業集積論の1つで、コロナウイルスとは関係ありません。
放送日時
11/10(日)6:30〜7:00
11/16(土)17:15〜17:45
*FBCラジオ 864KHz(radikoやFBC-iでも聴くことができます)
以下、講義に使用した原稿をご紹介いたします。
【テーマ】
脱サラ「金継ぎ」おじさん、上野にアパートを借りる。
~クラスター内中小企業による新市場創出から学ぶ~
ラジオ講座「いきいきライフ」をお聴きの皆様、おはようございます。本日の講座を受け持ちます「うるしの駒や」の薮下です。どうぞよろしくお願いします。さて、「うるしの駒や」を既にご存じの方は、大変少ないかと思いますので、まずは自己紹介から始めたいと思います。
テキストをお持ちの方は、「Ⅰ 自己紹介」をご覧ください。
2022年11月の福井新聞に、「鯖江・薮下さん、脱サラし金継ぎ工房」との記事が掲載されました。記事にありますように、私は新卒以来26年間勤めた日本酒醸造会社を退職し、2022年10月18日に「うるしの駒や」を開業しました。
工房の名前である「うるしの駒や」は、私と長女の師匠である駒本蒔絵工房の蒔絵師、駒本長信(たけのぶ)先生の「駒」の字をいただいております。駒本先生との出会いは、私の長女が、大学4年次から駒本先生の下で蒔絵の修行を始めたのがきっかけです。娘から駒本先生が金継ぎのお仕事を沢山されていると聞き、私も「金継ぎ」を教わるようになりました。なので、娘でありながら、実は姉弟子にあたります。
開業当時の「うるしの駒や」の主な事業は割れた器の金継ぎと、オーダーメイドの蒔絵サービスです。その後、酒蔵に勤めていた頃のお客様より、オリジナルの酒器製作のご相談を受けたことをきっかけに、2023年2月より漆塗りの薄口酒器「うすくちうるし」の製造販売を開始しました。
また、2024年4月には、上野池之端で金継ぎ教室を開校しました。たまたま高校時代の同級生が上野で書道教室を開いておりまして、その場所をお借りして、金継ぎを教えています。そして、東京のホテル代が高いのと、金継ぎの生徒さんの作業中の器をお預かりするために、不忍池の近くに小さなアパートを借りて、現在は鯖江と上野の2拠点生活を営んでおります。
今日のお話の題名でもある、脱サラ「金継ぎ」おじさん、上野にアパートを借りる。とは、そういった私の開業後の取組みから名付けました。ラジオを聞かれる方の興味を引きたいと思いつけたタイトル名ですが、 サブタイトルには、「クラスター内中小企業による新市場創出のから学ぶ」と少し難しい名前を付けています。
実は、2021年より、福井県立大学大学院経済・経営学研究科博士課程に在学していまして、ものづくり産業の集積や流通、マーケティングをテーマとして研究しています。2023年3月に、経営学修士を取得した修士論文の題名は『クラスター内中小企業による新市場創出の事例研究―刺繍によるアクセサリーブランド「000(トリプル・オゥ)」―』です。
この研究結果をもとに、現在、鯖江と上野の2拠点生活を営んでいる面もありまして、今回はその事例研究の内容と、「うるしの駒や」の事業内容をご紹介します。
それでは、ここから本題に入りたいと思います。テキストをお持ちの方は「Ⅱ 地場産業とポーターの『クラスター理論』」になります。
私が住む鯖江市には、ものづくりに係わる中小零細企業が多く、身近にもそのような地場産業に従事する家族や友人が沢山います。しかしながら、私が子供の頃と比べると地場産業の多くが衰退傾向にあり、地域にも昔のような活気がないように思います。論文などを調べても、日本各地の地場産業の多くは1990年代以降、衰退・縮小に向かっていることが分かりました。
そこで、大学院では、地場産業を構成する中小企業が、その小さな経営資源を地域、つまり集積する産業地域(これは産地などと呼ばれることが多いですが)から自分には足りないもの(自分ではできない分業制の作業や、研究機関などがあげられるかと思います)を補い、経営革新に繋げることができないかとのテーマで研究を行いました。
その研究の基になったのが、アメリカの有名な経営学者であるマイケル・ ポーターの「クラスター理論」です。クラスターというとコロナウイルスを思い浮かべられるかと思いますが、そもそもは「集団」とか「群れ」という意味を持っています。クラスター理論は「産業集積論」の1つとして捉えられ、産業集積論の歴史は100年以上前まで遡ります。
主な集積要因、つまり集まることのメリットについてですが、かつては集積することで得られる費用の節約効果を説明した考え方が中心でした。集積することで得られる費用の節約効果とは、例えば、近接することで輸送費が安くできたり、接触が容易なことで情報や知識の伝達がし易かったり、取引費用が低く抑えられることなどです。
取引費用には、取引相手や取引条件(例えば、価格、品質、納期、アフターサービス等があげられますが、)それらを知る費用、また、取引相手と交渉し、取引条件を決定するための費用、他にも、合意した内容を確認し、また確実に履行するための費用などが含まれます。同業者が近隣に集積することで、今ほど申し上げました費用が節約され、割安で高品質な生産がスムーズにもたらされるというのが、かつての産業集積の利点とされていました。
ところが、最近では生産性やイノベーションの観点から集積に着目する研究が増えてきております。物流や情報通信技術の発達により、かつてのような費用の節約効果が薄れ、生産性(つまり、より高品質なものを、より効率的につくれるかといったこと)や、イノベーション(イノベーションは「新結合」「革新」「新機軸」などと訳されたりしますが、革新的な技術や発想によって新たな価値を生み出し、社会に大きな変化をもたらすことと言われています)を促進すること、更には新規事業の形成を刺激するような集積効果を説明するようになってきたのです。
もう少し簡単にまとめると、産地に求められるメリットが、「近くて便利」から、「新たな価値を生み出す」に変わってきたということです。そういった新しい産業集積の価値を説明したマイケル・ポーターの「クラスター理論」では、クラスターを、ある特定の分野に属し、共通性と補完性によって結ばれた、互いに関連する企業と機関から成る、地理的に近接した集団であり、最終製品やサービスを生み出す企業、専門的な投入資源・部品・機器・サービスのサプライヤー(これは供給側のことですね)・金融機関・関連企業に属する企業によって構成されると定義しています。
また、流通の中の川下の企業(流通チャネルや顧客企業)、補完製品メーカー、専用インフラの提供者、専門的な訓練・教育・情報・研究・技術支援を提供する政府その他機関(大学、シンクタンク、職業訓練機関など)、規格制定団体が含まれる場合も多いとしました。そして、クラスターとは、互いに結びついた企業と機関から成るシステムであり、その全体としての価値が各部分の総和よりも大きくなるようなものかもしれないと述べています。
ちょっと説明が長くなり、分かり難くなったと思いますので、乱暴かも知れませんが簡単にまとめます。つまり、クラスターとは、関連企業や機関が集まって、個々が持つ以上の価値を地域的に生み出している集団といえると思います。
そして、経営学者のポーターがクラスターに関して、立地が競争に与える影響を、4つの相互に関連する影響から成るモデル「ダイヤモンドフレーム」で表したことが広く知られています。テキストをお持ちの方は図表をご覧ください。4つの四角が野球のグラウンドのダイヤモンドのように配置されており、矢印がそれぞれの四角を繋いでいるので、「ダイヤモンドフレーム」と名付けたのだと思われます。
このダイヤモンドフレームについて、四角に囲まれた部分が、上から、つまり野球のダイヤモンドの2塁ベースのところから時計回りに、「企業戦略・競合関係」、1塁ベースが「需要条件」、ホームベースが「関連産業・支援産業」、3塁ベースのところが「生産要素条件」とあり、これらがクラスター内に存在することで、立地の競争優位の源泉になる(つまり他のクラスターと競争して勝つ条件が生まれやすい)としています。
例えば、「需要条件(1塁ベース)」では、高度で要求水準の厳しい地元顧客、「関連産業・支援産業(ホームベース)」では、有能な地元の供給業者や、競争力のある関連産業の存在、「生産要素条件(3塁ベース)」では、量によるコストメリット、研究機関等からもたらされる質の高さなどがあげられます。それらを背景に、「競合関係(2塁ベース)」の中で、激しい競争が行われることで、生産性、イノベーション、新規事業等が誘発され、立地の競争優位に繋がるというのがポーターの考えです。そしてこの「クラスター理論」を元に、群馬県桐生の繊維産業を取り上げたのが、私の修士論文です。
ということで、「Ⅲ 『000』が、新市場を創出できた理由」に移ります。「000(トリプル・オゥ)」は、群馬県桐生市にある株式会社笠盛から生まれた軽くしなやかな、糸のアクセサリーブランドです。2010年にスタートし、2021年には年間の売上高が1億円を超えましたが、それまでの笠盛は、下請けの刺繍加工業務が主流の衰退企業でした。
私はその成功の理由を探るべく、インタビューを行い、これまでの笠盛の歴史の中に、新市場創出につながる15の取り組みがあることに気付きました。そして、それらの取り組みが、桐生の繊維産業クラスターの内部に起因するものか、外部に起因するものかを選別し区分けしました。
区分けしたものをポーターのダイヤモンドフレーム上に分布したのが、テキストにあります先ほどの図表です。字が小さくて読みにくいので、ここでは書いてある内容ではなく、どこに分布されているかをご覧ください。テキストをお持ちでない方にご説明いたしますと、15の取組の内、約半分がクラスター外部に分布されているのです。ククラスター理論では、クラスター内部で生み出される効果を想定していると考えらますが、このように成功要因を分析していくと、内部だけでなく、外部由来の要因が数多く存在することが分かりました。
また、時系列で考察すると、海外進出するまでは内部由来が多く、その後に外部が増え、再び内部が増えています。かつて桐生が繊維産業クラスターとして勢力を誇った頃は内部由来が多く、国内製造業の空洞化が問題化した頃から外部由来が増加したのではないかと考えました。そして最後に、クラスター内部由来のものと、外部由来のものを、ダイヤモンドフレーム上に分布してみたところ、特に「需要条件」に関して、外部由来の頻度が高くなりました。このことから、笠盛は桐生の繊維産業クラスター内で不足する需要条件を補うための販売要素を、クラスターの外部へ求めたのではないかと考察しました。
そしていよいよ、「Ⅳ 脱サラ金継ぎおじさん、上野にアパートを借りる」です。ここでは、脱サラして「金継ぎ」を生業とし始めた私が、なぜ上野にアパートを借りたのかという話をいたしますが、その前に、私の修士論文の結論をまとめます。
結論:笠盛は衰退する産業クラスターの中で、クラスターが生み出す競争優位を活用することに加え、不足しがちな需要条件をクラスター外に求めることで、乏しいといわれる中小企業の経営資源を補い、「000」により新市場の創出に成功した。
そして、この修士論文の結論を、現在の私に当てはめてみましょう。
➀株式会社笠盛は→うるしの駒やは
➁衰退する産業クラスターの中で→衰退する漆器産地の近くで、
➂クラスターが生み出す競争優位を活用することに加え、→産地が生み出す競争優位を活用することに加え、
➃不足しがちな需要条件をクラスター外に求めることで、→新たな需要を首都圏に求めて、上野にアパートを借り、
➄乏しいといわれる中小企業の経営資源を補い、→創業後間もない個人事業主の微々たる経営資源を補い、
➅新市場の創出に成功した。→経営を軌道に乗せようと必死です。
という感じになりました。最後のところが随分違いますが。
さて、今回の題名は、「脱サラ「金継ぎ」おじさん、上野にアパートを借りる。」と致しました。副題は、「クラスター内中小企業による新市場創出から学ぶ」です。一見、全く関係のない題名に感じられますが、私は、副題にある自分自身の修士論文の結論を元に、上野にアパートを借りて、2拠点生活を送っています。
現在、上野池之端の金継ぎ教室の生徒さんは24名で、上京中に金継ぎ教室を毎月5コマ開校しています。また、昨年1年間に販売した酒器用の「うすくちうるし」は約800個で、今年の夏からは、珈琲カップとしての「うすくちうるし」を売り込もうと、都内のカフェを中心に営業回りを始めました。
まだまだこれからですが、まずは事業を軌道に乗せ、いつかは地元の地場産業クラスターの活性化に貢献したいと願っています。ご清聴ありがとうございました。